コスメ・美容に関する類義語辞典です。
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このページはコスメ・美容に関する類義語辞典が 2006年 12月 05日 11時37分23秒 にクロールしたキャッシュ情報です。
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抜くとは?

[ 55] 心の力を抜く Happy HP : happy diary 2003/6-1
[引用サイト]  http://www.din.or.jp/~honda/diary3-61.htm

今月からちょっと力を抜いていこう! とか、きのうの日記で書いたのですが、「力を抜く」って意外に難しかったりもします。
人生相談を読んでいると、「もう少し(肩の/心の)力を抜いたほうがいいのにな」と思うことがよくあります。
そう言ってあげたら、それだけで「少しはラクになった」と思える人もいるでしょうが、「でも、どうやって?」と思う人もいると思います。
「力を抜く」ということは「手を抜く」(やらない)のではなく、「少し力を抜いてやる」のがいい、と以前に書きました。
やらなくても特に問題がないことなら手を抜く、ちょっとぐらい問題があっても無理をしないで手を抜く、ということがあってもいい思うのです。
「手を抜けない人」の中には、「人に助けを求められない人」や「人に任せられない人」もいると思います。
そういう人は、ちょっと心の力を抜いて(手も抜いて)、人に助けを求めたり、人に任せたりできたほうがいいのではないでしょうか。人の力を借りれば、一人でやるよりも大きなことができるのではないでしょうか。
また、人の力を借りるために、人に相談したり、人に何かをお願いすることで、自分の心の負担を減らせるかもしれません。
すごく力が入っていた時には、「力を抜いて」の一言でラクになれることがあると思います。でも、ふつうの時に「力を抜こう」と思っても、なかなかうまくできないものです。
身体の力を抜くためのいい方法は、一度グッと力を入れてから、フッと力を抜くことです。たとえば、「肩の上げ下げ」のように。
深呼吸も、そのまま吸おうと思ってもあまり吸えません。一度息を吐いてからだと、新鮮な空気をたくさん吸えます。
「○○できないといけない」「○○でなければならない」のような思いが強すぎると、つらかったり、うまくできなかったり、疲れたりしやすいでしょう。
つらい時や、うまくいかない時や、疲れる時などには、「力が入りすぎ?」「求めすぎ?」「頑張りすぎ?」「考えすぎ?」などと自問できるようになれたら、と思います。
「○○すぎ」とわかれば、「○○はいいこと、○○すぎるのはよくないこと」と考えれば、「もう少し力を抜こう」と思えるのではないでしょうか。
「○○したい」という思いが強すぎる場合には、「○○たらいいな」と考えてみてはどうでしょうか。少し力を抜いて考えることができると思います。
その時、その事によって、どのくらいの力加減がいいのかは違うと思いますが、時には、事によっては、力を抜いて、ちょっと「いい加減」でもいいのではないでしょうか。
「(ハオハオ、)まぁいいか」「(ハオハオ、)なるようになる」と考えられることが多くなると、だいぶラクに生きられるようになる、と私は実感しています。
横になるか、イスに座ったまま机の上に頭を伏せて、ぐっすりと眠っているフリをします。少し寝息を立てて、それに意識を集中します。(実際に眠ってしまうこともあるので、タイマーを20分とかにセットしておきます)
似たことを瀬戸内寂聴さんがしていると、テレビ番組の中でおっしゃっていました。瀬戸内さんの場合には、「死んだフリ」だそうで、もっとすごいです。
「休みすぎ」は時間がもったいないだけでなく、逆効果になってしまうこともあります。気が緩んでしまったり、だらけてしまったりすることがあります。
なかなか「休むことができない人」もいます。休み時間にも、仕事や抱えている問題について考えてしまう人もいます。
また何よりも、ちょっと力を抜くことで心身に余裕をもって、生活を愉しむためには、「いい休み」が必要なのだと思います。
感動できることや、夢中になって楽しめることなどは、すごく良さそうです。頭を使ったり、一喜一憂するようなゲームが、心のいい運動になることもありそうです。少しでも心地よくなれることなら、それなりに効果があるのだと思います。
自分の心が、凝り固まったような時、沈み込んだ時、すごく疲れた時などには、「心を動かす」方法を考えてみてはどうでしょうか。
ゆとりをもって幸せに生きるには、「安らぐ」「くつろぐ」というような時間が必要なのではないでしょうか。
ずっと張りつめていると、いつかプツンと切れてしまうような気がします。時々緩めたほうが切れにくそうです。
安らげる場、くつろげる場もあります。人によって違うでしょうが、家の中なら、居間、自室、風呂場などでしょうか。
私がいちばんリラックスできるのは入浴中だと思います。半身浴でゆっくりと浴槽に使っていると、とてもリラックスできます。
できれば1日に1回、少なくとも週に何回かは、すごくリラックスした時間を過ごすことができたら、と思います。
また、笑いながらだと、イヤなことを考えにくくなる気もします。笑いながら怒る人ことはできないでしょう。
微笑みの表情をしていると、落ちついた考えや力を抜いた考えがしやすくなるような気がします。また、やさしいことを考えやすくなります。
表情というのはふつうは感情についてくるものですが、意識して表情をつくることで心(感情、考え)がついてくるということもあると思います。
「ハオハオ、まぁいいか」と受け流せるようになると、小さいことを問題化しないで、ラクに過ごせるようになれるでしょう。
生きていく中では不幸な出来事もあるでしょうが、「ハオ好発想」ができるようになれば、いいきっかけやいい経験にできると思えるようになれます。
3Hの考え方を身につければ、「○○たらいいな」と少し力を抜きつつも、希望をもって、前向きに考えられるようになるでしょう。
「人生、いいことは好!好! 悪いことはハオハオで行けばいい」と思えるようになると、生きていくことが少しはラクに思えてきます。
このような「ハオハオ」の使い方や、「ハオハオ」の考え方が、心の力を抜く効果があると思いますが、「ハオハオ」という語感自体が力を抜ける要素だと思います。
それにプラス、「いいことは好!好!」と素直に喜べるようになることで、ハッピーに(幸せを実感して)生きることができます。
「要領が悪い」のかもしれません。力を入れる所と抜く所、力を入れる時と抜く時がわからないのではないでしょうか。少し力を抜いたほうがいい結果がでることも多いのです。
無理をしてしまう、自分の幸せを犠牲にしてしまうのは、「自分を大切にしていない」のではないでしょうか。
自分が幸せに暮らすために、時には、事によっては、「力を抜こう」と考えられるようになれたら、と思います。

 

[ 56] 耳毛 抜く 抜かない
[引用サイト]  http://homepage3.nifty.com/elfaro/zakkan/zakkan-12.htm

普段何の気なしに、ごく当たり前のようにしている行為でも、ふと「これって本当に正しいのだろうか?」と疑問に思うことがあるものです。以前「シャンプー」に対する疑問について書いたことがありますが、今回もまた以前から抱いてる疑問を幾つか紹介してみたいと思います。
まず一つ目は、「耳掃除の際に耳の中に生えている毛を抜くべきかどうか?」という問題。ミニチュアシュナウザーや最近流行のトイプードルなど、品種によっては耳の穴の奥の方にまで毛が生えている場合があります。個体差にもよりますが、シーズーなどの犬種でも、時折耳の中に比較的多くの毛が生えている子がいます。トリミングショップなどでシャンプーのついでに耳のお掃除をしてもらうと、殆どの場合、耳の毛をきれいに抜いてくれるのではないでしょうか?私の知り合いのトリマーに聞いてみたところ、トリミングの学校では「耳の毛はしっかり抜くこと」と教えるそうです。トリミングショップに限らず、動物病院で耳掃除をする場合にも、耳の中に生えている毛はしっかりと抜いてくれるところが多いのではないかと思います。私の場合も、以前勤務していた病院では「耳の毛は抜くべきである」と教わりました。その理由は、「耳の中の毛がモゾモゾしてかゆみの原因になるから」「耳垢が溜まりやすくなって外耳炎の原因になるから」「耳掃除がやり難いから」「昔からそれが『当たり前』とされているから」と言ったところでしょうか?
しかし数年前のこと、「生えるべくして生えている毛をわざわざ抜くのは不自然なのではないか?」と、例のごとく突然疑問に思い、アメリカで皮膚科の専門医をしている知り合いの獣医師などに意見を聞いてみると、「毛を抜く刺激によっても炎症が引き起こされる。必要が無ければ抜くのは最小限にする。どうしても抜く場合には脱毛クリームなどを使用する人もいる。」という見解でした。これを聞いて「なるほど、やっぱりそうか。」と思った次第ですが、脱毛クリームに関しては、化学的な作用で蛋白質を融解させる薬品なので、炎症を起こした耳には使用すべきではないだろう、と私は考えています。
「生えるべくして…」と言っても、これらの犬種で耳の毛が何らかの役に立っている、と考えているわけではありません。大多数の犬種では耳の中に毛は生えていませんし、人為的な品種改良の中でたまたま生えるようになってしまっただけなのだと思います。しかし、耳の中に毛が生えている犬種と、外耳炎を起こし易いと言われている犬種は必ずしも一致していません。これは「毛が生えていること」自体が外耳炎の原因になっている訳ではない、と言うことを示しているのではないでしょうか?
現在私の診察では、耳の毛抜きは必要最小限にしています。昔のように、まるで「長年の仇敵」のように(?)「耳毛憎し!」とばかりに1本たりとも残さず引っこ抜く、と言うことはしなくなりました。健康な耳で、毛が生えていても特にそれが問題を引き起こしていなければ無理に抜く必要はない、と言うのが今の私の考えです。もちろん、毛が生えていることで耳垢が絡まって掃除が適切に出来ない場合や、外耳炎の治療の妨げになる場合など、明らかに「毛による弊害」がある場合には「抜く」のが必要なこともありますが、「毛の存在」自体が外耳炎の原因になるとは考え難く、過剰な抜毛は却って炎症を引き起こしたり、耳掃除を嫌いにさせたりする原因になるのではないか?と思っていますが、皆さんのお考えは如何でしょうか?
もうひとつの疑問として取り上げるのは、「トリミングの際にヒゲを切るかどうか?」という問題です。「どちらでも良いではないか」と思われるかもしれませんが、猫のヒゲを切るのはためらう方が多いのに、犬のヒゲは切っても然程気にしない、というのは何故でしょうか?
確かに猫の場合は、高いところに登ったり狭い場所に入り込んだり、小さな隙間を潜り抜けたりなど、立体的な行動が多いため、犬に比べて「感覚器官」としてのヒゲがより重要な役割を果たしているような気がするのは確かです。では、犬では「感覚器官」としてのヒゲの働きは「皆無」なのでしょうか?
実のところ、これに関する「明確な情報」は残念ながら今のところ持ち合わせていません。以前読んだ解剖学関連の本では、ラットやマウスなどのげっ歯類の脳には、それぞれ1本1本のヒゲに対応した「感覚野」が存在すると言うようなことが書かれていたと記憶しています。ネズミの脳と犬の脳が同じである、と言いたい訳ではありませんが、犬のヒゲが「何の役にも立っていない」と言うのもまた、確証のない意見であるような気がします。ヒゲを切られても、猫ほどには困らないのかもしれませんが、やはりそれなりの不都合があるのではないか?それは傍から見ても良く判らないような些細なことかもしれませんが、本人(犬)にとっては(もしかしたら)結構深刻な変化なのかもしれない…とは思いませんか?

 

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